天導使Z


PART 2


 天野家は、旧家で、この辺りではかなり有名なお屋敷だった。が、美しかった庭園も今ではすっかり草に覆われ、池は枯れ、底がひび割れて久しい。屋敷も築45年は経っていて、壁の一部や瓦が禿げたりと、見た目には随分年季が入っていた。

 昔は活気があったこの家も、5年前、長男夫婦と孫の蛍が事故で亡くなってからは、誰もこの家に近づく者はいなくなった。そして、息子が経営していた会社は倒産し、使用人も去った。幸いこの家と土地は残ったものの、すっかり生きる気力を失くしてしまった老婆が一人取り残された。

 それから、彼女は世間から隠れるように生きて来たのだ。
 近所の者達ともほとんど口を利かなくなってしまった彼女はやがて少しずつ認知症の症状が始まった。が、親戚はあったが、誰もこの古い屋敷に住もうという者はなく、老婆を引き取る者もなかったのだ。

 「さあ、家に着いたよ。お上がりなさい」
老婆が言った。
「へえ。ここが婆ちゃんち? 広いな。結構なお屋敷じゃん」
少年がどたどたと廊下を歩く。と、いきなり床がべきりと音を立てて割れた。
「痛ってえ! 何だよ、この板、底が抜けてるぞ。っつーか腐ってんじゃん」
べきべきと踏みつけてZはぶつくさ文句を言った。

「これこれ、蛍や。あまり家を壊さないでおくれ。まったく男の子は元気がいいんだからねえ」
彼女はうれしそうに笑う。
「壊すなって言われてもなあ、こいつは最初っから壊れてたんだぜ」
「そこの板は腐けてるからね。上に乗ると危ないんだよ」
「何でえ。知ってたんなら最初っから言ってくれよ」
Z、いや蛍はお婆さんの近くに来た。彼女が普段使っている場所は、板もまだしっかりとしていたし、磨かれてもいた。彼が跳び跳ねてもびくともしないほどに……。

「さあさ、お腹が空いただろう? すぐにごはんの支度をするからね」
そう言うと老婆は奥へ引っ込んだ。
「そいや、腹が減ったかもな。天国だったら、自由にそこらになってる物を食えたのに、人間ってのは面倒くさいんだな」
蛍は家の中を見て回った。部屋の中は薄暗く、あちこちが軋んだり、埃を被ったりしていた。

「掃除くらいすりゃいいのに……」
天井からつーっと降りて来た蜘蛛が眼前まで来て挨拶するのを見て、蛍が呟く。
「あっちには何があるんだろ」
がたついた雨戸を開けると、荒れた庭が目に入った。草は伸び放題伸びて、今や蛍の背丈ほどにもなっていた。

 彼はひょいと庭に降りて、それらを掻き分けて奥に向かった。枯れ葉や土埃が付いたが気にしない。さらに進むと、今にも崩れそうな離れがあった。そして、その脇にはずっとそこに置かれたままの青い自転車。それと土に塗れたサッカーボールが一つ転がっていた。
「これって蛍って奴のかな……?」
彼はそっと近づいて自転車のベルに触れた。が、ベルは鳴らなかった。
「ちぇっ。もうとっくに天国に逝っちまったあとか。どうせなら、おれが来るまで待っててくれりゃよかったのにな」
感傷の欠片もないような感想を述べてZは空を見上げた。

 庭は緑に覆われ、周囲は高い塀に囲まれていた。
「おい、おまえ行って来いよ」
その塀の向こうから突然、子どもの声がした。
「え? いやだよ。だってお化けが出るかもしれないよ」
別の声が言った。
「バーカ。まだ真っ昼間なんだぞ。お化けなんか眠ってるさ」
さらに別の男の子が言う。子どもは全部で4人いた。
「そうだ。行って来いよ。約束したろう? 駆けっこで負けたら、一人でこのお化け屋敷の中を探検して来るって……」
子ども達はどうやらこの家のことを言っているらしかった。

木戸の向こうでまだ会話が続いている。
「だって、いやだよ。ここ、もう何年も前から人が住んでいなくて、ここの人達、みんな事故で死んじゃったって……。だから、夜になると泣き声が聞こえたり、幽霊を見たって人がたくさんいて……やっぱりぼく、怖いよ」
一人の子が泣き出した。
「何だよ? 弱虫!」
「約束したのに!」
「うそつき!」
「やーい。うそつき!」

 蛍は我慢できずに木戸へ駆けて行くといきなりぎしっとその戸を開けた。
「わあっ! 出た!」
「お化けが出た!」
「逃げろ!」
子ども達は悲鳴を上げて駆け去った。
「何だよ、おれは天使様だぞ。何がお化けだ。バカヤロー!」
頭には蜘蛛の巣が掛かり、身体には草が纏わって埃だらけ。それがいきなり木戸を開けて飛び出して来たのだ。子ども達が驚いたのは無理もなかった。

「まったく、失礼な連中だ」
蛍はぱんぱんと手を叩いて埃を払った。が、ふと家の方を振り向いて思った。
「それにしてもオンボロだな。お化け屋敷と言われても仕方がねえか」
Zは、ばしばしと草を踏みつけて歩いた。

「蛍! 蛍や! 何処にいるんだい?」
廊下からお婆さんが呼んでいた。不安そうな声だ。
「ここだよ! 今そっちへ行く」
彼はそう返事すると、庭を突っ切り、風のように駆けて行った。

 「ああ、蛍……。いたのかい? よかった。また、おまえがどこかに行ってしまったんじゃないかと思ったら、心配で心配で……」
老婆は涙を浮かべて少年を強く抱き締めた。
「よせよ。あはは。くすぐってえよ」
蛍がもぞもぞして言う。
「ごめんよ、蛍。でも、本当に心配だったんだ。おやおや、こんなに埃や葉っぱをくっつけて……。家に入る前によくはたいて、服も着替えなきゃだめだよ」
「着替え? おれ、そんなの持ってねえよ」
Zが言うと、お婆さんはにっこり笑って言った。
「ちょっと待っておいでね。今、箪笥から持って来てあげよう」

 そうして、彼女は服を持って来た。
「これって蛍の服?」
Zが訊いた。
「ああ、おまえのだよ。いつ戻って来てもいいようにちゃんと洗濯しておいたんだ」
お婆さんはうれしそうだった。
「そっか」
シャツの袖を通すと本当に誂えたみたいにぴったりだった。ズボンの丈も丁度いい。
「ま、悪くねえな」
彼はすっかりその服が気に入って、またそこらを自由に走り回った。
「これこれ、せっかく着替えたのに、また服が汚れちまうよ」
お婆さんが苦笑する。
「お膳に食事の支度が出来てるからね。早くおいで」
「わかった」

 おかずは紅しゃけと卵焼き。ほうれんそうのお浸しに沢庵という和食メニューだったが、蛍は満足した。誰かと一緒に食事をすることなど、天国ではなかったからだ。
「何かさ、いい感じだよな、こういうの……。おれ、婆ちゃんの卵焼き好きだよ」
蛍が言うと老婆は涙を流した。
「あれ? 何で泣くんだよ? おれ、何か変なこと言ったか?」
「ううん。そうじゃないよ。ただ、思い出してね……。死んだあの子もよくそう言ってくれたんだよ。お婆ちゃんの卵焼きが大好きだって……それで……」
Zは茶碗と箸を置くと、じっと老婆を見つめた。

「死んだ? そんじゃあ、はじめっからわかってたのかよ? 孫の蛍はもういないって……。なら、何で……?」
天井の隅で、じっと二人を見つめる蜘蛛。そこにすっと斜めに陽が射し込む。
「似てたんだよ、あの子に……。だから、もう一度おまえと一緒に過ごしたかった。蛍と……。ごめんよ。おまえだって困るだろうにね。ほんとの家や両親のところに早く帰りたいだろ? でも、どうか今日だけ、一日だけでいいから孫の蛍になっておくれ」
その全身から立ち上るオーラは細く、彼女にはもうあまり寿命がないのだとわかる。
「……いいよ。おれ、婆ちゃんの孫になってやるよ。ただし、一日だけなんてけちなことは言わねえ。明日も明後日もずっとここにいて、婆ちゃんの孫になってやるから……もう泣くなよ」
Zが言った。それは、ここにいれば自動的に手に入る魂のためではなく、彼が心からそうしたいと願ったからこそ出た言葉だった。

「いいのかい? 本当に……。でも、おまえの親が寂しがるだろう?」
老婆が訊いた。
「おれには親なんかいねえよ。それにどこにも行くあてもねえ。だから、ここに置いてくれるんなら都合がいいんだ」
「まさしく神様の思し召しだねえ。感謝するよ」
そう言うと、彼女は数珠を取り出して拝み始めた。
「やいやい、よせよ。辛気臭えな。第一おれ、神様なんか大嫌いなんだ。感謝する必要なんかねえよ。おれを天国から落とした張本人なんだからさ」
Zは気に入らなかった。
「でも、そのおかげで、こうしておまえと巡り会えたんだからね。やっぱり神様には感謝しとかないと罰が当たるよ」
「ふん。そんなら勝手にしろい」
そう言うとZは茶碗を持つと、かしゃかしゃと箸を鳴らしてごはんをかっこんだ。

 そして、午後。Zは草刈りに精を出した。それから、家の中の掃除もした。
「へへんだ。おれってこういうの得意なんだよな。っつーか、天国にいた時、いっつも神様に掃除当番やらされてたから慣れてんだ」
しかし、今は天使としての能力は封じられているので、空を飛んで移動したり、道具を操ったりすることはできなかった。つまりはすべて手作業でやるしかなかった。汗はかくし、手にマメができるし、さんざんな目に合った。が、目に見えてきれいになる家や庭を見つめて、うれしそうに微笑んでいるお婆さんの姿を見ると、蛍は心からうれしい気分になった。
「もう誰にもこの家をお化け屋敷だなんて言わせねえぞ」


 それから一週間。家も庭も見違えるほどきれいになった。
「蛍、今夜は何が食べたい?」
二人は連れ立って買い物に出掛けた。
「卵焼き!」
蛍が言った。
「おまえは本当に卵焼きが好きだねえ」
老婆が笑う。
「おれ、別に卵焼きが好きなんじゃねえよ。婆ちゃんが作ってくれるから特別なんだ」
そう言うと彼はスーパーの安売り卵のパックを一つ取ると籠に入れた
「蛍……ありがとうね」
彼らはもう、どこから見ても本物の祖母と孫のように見えた。


 「君もすっかり馴染んだようだね」
巡回にやって来た霜田が天野家の玄関口で言った。
「まあな。ある意味、あんたには感謝してるよ、交番勤務の地導使さん」
Zが言った。
「だが、この街に住んでいる地導使は私だけではない。気をつけることだね」
霜田が言った。
「気をつける? 何をだい?」
蛍が訊くと、彼は声を潜めて言った。

「君達のような天導使と違って、我々地導使は強制的に魂を奪う執行権を有している。もちろん、基本的には悪人の魂を狩ることだ。が、人間生きている間には必ず一つや二つ悪いこともしている筈だ」
「つまり、誰であろうと魂を狩る対象になり得るってことか」
ふと腕組みをして蛍が言った。
「その通り。点数稼ぎのために君の大事な人を連れて逝かれないように注意したまえ」
霜田はそう言うと玄関の扉を開けた。
「へっ。忠告ありがとよ」
「それじゃ」
警官は表に出ると自転車に乗って交番へ戻って行った。

「ふん。誰が何と言おうと婆ちゃんは絶対におれが大往生させてやるんだ」
少年は言った。
(そして、魂はこのおれがもらう)


 翌日。蛍は老婆に付き添って病院へ行った。
「婆ちゃん、どこか悪いのか?」
蛍が訊いた。
「別に大したことじゃないんだよ。このところ、ちょっと血圧が高くてね。それに少し心臓も弱くなって……いつもの薬をもらうだけなんだよ。そうだ。今日は湿布ももらって行こうかね。腰が痛むことがあるから……」
「何だよ、それじゃあ、体中がぼろぼろじゃん。身体は大事にしないと長生きできねえぞ」
蛍が言った。
「そうだねえ。せっかく蛍が来てくれたんだから、せいぜい長生きしないとね」

「天野さーん、診察室へどうぞ」
待合室でそんな会話をしていると、看護士が名前を呼んだ。
「それじゃあ、ちょっと診察してもらって来るからね」
「おれ、付いて行かなくて大丈夫か?」
「ああ、いつものことだから変わりないよ。おまえ、家にいてもよかったのに……」
「そうは行かねえよ。そこらで急に引っくり返ったら困るだろ?」
(そんでもって、もし性質の悪い地導使にでも出会ったら……)
彼のそんな懸念など知る由もない老婆はうれしそうに微笑して言った。
「蛍……。おまえは本当にやさしい子だね」
「そんなことねえよ。それより早く行った方がいいんじゃねえの?」
「そうだね。そうするよ」
老婆はよろよろと診察室へ入って行った。

 「あれ? うそつき天使のお兄ちゃんだ」
不意に男の子が声を駆けて来た。
「うそつきじゃねえぞ。おれはほんとに……」
蛍が振り向く。そこには4、5才の男の子が立っていた。
「おめえは……」
それは、彼が最初に地上へ降りて来た日、赤い車のラジコンを貸してくれたあの子どもだった。

「どうしたい? こんなところで……。元気だったか?」
蛍が訊くと男の子はぷっと頬を膨らませて言った。
「元気じゃないよ。ぼく、ここに入院してるんだ」
「入院? どこか悪いのか?」
「うん。ぼく、生まれつき心臓がよくないの。それで、あさって手術するんだよ」
「手術?」
「うん。ここのところをね、メスで切るんだ」
男の子が胸を示して言った。
「切る? そんなことして大丈夫なのか?」
「わかんない。でも、先生は切らなくちゃだめだって言ったんだ」

(まさか、そいつが地導使なんじゃあるめえな)
蛍は病院の中をしげしげと見回した。時々通り過ぎて行く白衣の男女。彼らは皆、感情のない人形のように歩いて行く。それらがみんな地導使に見えた。

「おや、裕人くん、こんなところにいたのかい? 看護士さん達が探していたよ。さあ、先生と一緒に病室へ戻ろうね」
白衣の男が立ち止まり、子どもを連れて行こうとした。
「あんた誰だよ? 何でこいつを連れて行こうとする?」
蛍が言った。
「私は医者だ。この子は私の患者だからね」
冷たい目で男が言った。
「医者だと? そんじゃあ、あんたがこいつの胸を切って手術する医者なのか?」
「そうだが……。君は何なんだね?」

「おれは天野蛍。こいつの……裕人の友達だい」
「そうか。心配なのはわかるけど、裕人くんは今、手術前の大事な身体なんだ。感染症などにかかったら大変だからね、面会は控えてもらいたい」
「でも、先生、お兄ちゃんは……」
裕人が泣きそうな顔で医者を見上げた。
「裕人くん。わかるだろ? 君は部屋に戻らなくちゃいけない。いいね?」
「う…ん……」
裕人が俯く。

「裕人……」
寂しそうな子どもの顔を見ると、蛍は急に切なくなった。
「ねえ、お兄ちゃん、また来てくれる?」
男の子が言った。
「ああ。きっと来るよ。手術が終わっておまえが元気になった頃にな」
さり気なく見上げると、医者も頷いてみせた。
「ほんと?」
裕人がぱっと顔をほころばせる。
「そしたら、またおまえのラジコン貸してくれる?」
蛍が訊いた。
「うん。いっぱい貸してあげる。だから、きっと来てね。約束だよ」
子どもはうれしそうに言った。
「ああ。絶対来るよ。天使はうそつかねえんだ」
蛍が言うと裕人はくすくすと笑いながら言った。

「それじゃ、ゆびきり」
裕人が小指を出したので、蛍も小指を出してそれに絡ませる。そして、二人はゆびきりをした。
「きっとだよ。うそつき天使のお兄ちゃん」
「ああ。早く良くなれよ」
蛍が言うと、男の子が手を振った。彼もそれに応えるように手を振り返す。医者はそんな蛍をちらりと見た。が、すぐに裕人の手を引いて行ってしまった。

「あいつ、まだあんなにちっちゃいのにな」
見ると、周りには老若男女問わず、たくさんの人間がいた。皆、どこかしら具合を悪くして、病院へ来ている人々だ。
(どうして人間には病気とか寿命とかってものがあるのかな?)
寿命のない彼には理解できなかった。いや、正確に言うならば、天使にも寿命はある。しかし、それは人間のスケールとはまるで違うものだ。そして、天使もまた、それぞれの役割を担って働いている。天導使もその一つだ。

天寿を全うした人間の魂を天へ導くことが仕事だ。が、その寿命の与えられ方は人それぞれによって異なる。天導使には、それを見極めることはできない。そして、その運命を変えることもできない。人は誰もがある一定の時を生きるための寿命を持って生まれて来る。そして、この世と称される地上で何を行うかもある程度は決められている。人はその範囲内で功を成し、あるいは罪を成し、再び天国へ、もしくは地獄へと還って行くのである。

その基準は神のみが知っていた。しかし、その基準には、大いに矛盾があり、理不尽なものだとZは思う。
(すべてはあいつの手の中のコマってことじゃねえか。だから、おれは神なんか嫌えなんだ)

 Zは天界からはみ出した者だった。天使として生まれたのに、神に対して疑念を抱き、反逆を試みた。結果、彼はここ地上へと落とされたのだ。

――そんなに人間が好きならば、地上へ行き、天導使として人間を観察し、その目で確かめるとよい。彼らは矛盾した生き物なのだ。自ら殺し合い、傷付け合って生きる未熟な者……。その一つ一つの魂を監視しなくてはいけない。我々天と地の同胞に措いてな

(おれには人間ってのがそんなに悪いもんだなんて思えねえ。でも、もし、こいつらが……)
蛍はまだ地上に降りて来てから僅かな時間しか過ごしておらず、知り合った人間の数も少なかった。結論づけるのは早過ぎる。そんな神の声が聞こえた。
(けど、おれは……そう信じてえんだ)


 家に戻ると、蛍は祖母の腰に、病院からもらって来た湿布を貼ってやった。
「ありがとうよ、蛍」
老婆が礼を言って笑った。
「礼なんかいらねえよ。ほら、そっち向けよ。もう一枚貼ってやる」
「すまないね」
老婆の身体は小さかった。肌色が少しくすんで皮膚の上からも骨の輪郭がうっすらと見える。
(あとどれくらい寿命があるんだろう)
そんな老婆の背中を見つめて蛍は思った。
(できるだけ長く生きて欲しいなあ。人間の寿命なんて短いんだからさ。長く生きてくれたら、もっと婆ちゃんのこと喜ばしてやれるから……)
ふとそんなことを思っている自分に気づいて、蛍は苦笑した。

(おれ、すっかりどうかしちまったらしいや。誰かを喜ばせるなんて、天国にいた時には考えたこともなかったのに……)
空には白い飛行機雲がたなびいていた。それを見つめて蛍は思った。
(裕人、あの子、大丈夫かな)

――我々、地導使は天導使と違って強制的に魂を狩ることができる

霜田の言葉を思い出した。それから、最後に振り返った時の医者の冷たい笑い。
(やっぱり、あの白衣の男が怪しい気がする。ようし、明日行って確かめてやる)
蛍は決心した。その病院にはお婆さんも通っているのだ。もし、そこに地導使がいるなら大変なことだ。蛍はどうしても確認しなければと思った。